青森市の郊外、三方を山に囲まれた田園地帯に、突如現れる巨大なクレーンと足場。青森県が整備する運動公園の中核施設・陸上競技場の建設現場だ。冬季は豪雪地帯となる厳しい環境の中、楕円形の構造物とデザイン性豊かな大屋根の工事が進む。
樹木が連なる大屋根のデザイン
陸上競技場の新築計画は既存施設の老朽化に伴って発案された。設計したのは伊東豊雄氏が率いる事務所。特徴的なのは、近くにそびえる東岳(あずまだけ)の樹木の連なりをイメージしたメインスタンドの大屋根だ。
この大屋根は、強い卓越風からフィールドやスタンドを守る役割を果たす。また、地中熱を空調に、雨水を雑用水に利用するなど、選手や観客のみならず、自然環境にも優しい陸上競技場がコンセプトになっている。
カーブを描くスタンド
通常の建築工事との大きな違いは、トラックに沿った楕円形の構造物であること。曲線や曲面で形成される箇所が多く、施工の難度は高くなる。
最たるものがスタンドの構築。カーブを描きながら一定の角度で勾配と段差を付けていかなければならない。立体的、かつミリ単位の精度を確保するためのカギとなる墨出し(工事用の寸法表示)には、複数の基準点から正確な位置を導き出す3次元計測システムをフル活用し、誤差が最小限になるよう努めた。
跳ね出した大屋根を短期間で架ける
メインスタンドの客席を覆う、26m跳ね出した大屋根。観客の視線を遮らないよう、スタンドに柱は設けられていない。スタンド側に大きく跳ね出す屋根を安定して支持するために「ヤジロベエの原理」を応用し、外周側の重量をカウンターウエイトとすることでバランスを取っている。ウエイト効果が少ない部分は、コンコース側の柱を引張材として利用している。
スタンド上の大屋根工事の足場は、仮設工事の削減による工期の短縮を狙い、移動ステージを選択した。スタンドの曲線に沿って敷かれたレールの上を、大小計4台のステージが徐々に左右へ移動しながら、トラス構造の屋根を架けていった。
1000枚を超えるパネルはリフトアップで取り付ける
大屋根工事で課題となったのが、ガラス繊維とセメントでできたGRCパネルを、屋根の天井面で外部に面した部分「軒天(のきてん)」全面に取り付けること。反りの有無や大きさなど、異なる形状を持つユニットが1166枚、面積は9370m²にも及ぶことから、全ユニットに付けた個体番号と、ステージ上に引いた基準墨で場所を特定させ、レーザーで納まりを確認する作業が必要となった。
1ユニット1t以上あるパネルの取り付けにはクレーンの利用が一般的だが、一方で、屋根上部工事との同時進行が制限されてしまう。そこで開発したのが、下からパネルをリフトアップできる装置「アップスライダー」だ。
パネルを設置角度に固定したまま、取り付け箇所の直下まで運搬。上昇させ、作業員が鉄骨のプレートと接合する。位置と角度の微調整が可能なほか、風の影響を受けないため安全性も高い。スピーディーな施工に大きく貢献している。
BIMでデザインを忠実に再現
デザイン性の高い意匠を、効率良く施工するために活躍しているのがBIMだ。特に大屋根の鉄骨とGRCパネルの接合部分や、鉄筋と鉄骨が混み合う箇所の納まり確認で力を発揮する。
活躍の裏には「関係者のバックアップがあった」と生産設計チームを率いる工事長 千葉は話す。協力会社でもBIMの導入は進んでおり、社内の関係部署間で異なるソフトを統合したり、新たなモデルを作図したりすることによって協議はスムーズに進んだ。
また、デザインの決定にも大いに役立った。例えばスタンドの裏面に取り付ける地産の木製ルーバー。設置角度のわずかな違いや目地の位置で、見え方が変わってくる。3Dでさまざまな角度からの検証が可能で、完成イメージの共有が容易になるため、設計者との合意形成に不可欠な存在となっている。
自然の中で知恵と技術を重ねて
高品質、工期順守での完成をめざし「社内外の多くの関係者と共に何十回にも及ぶ施工分科会や技術検証を行ってきた」と語る所長の岩崎。冬の間は内部工事を中心に行い、雪解けを待ってフィールド部分の施工に着手した。2018年秋にはトラックや美しい芝生が姿を現す予定だ。
熱気に満ちている現場。造るのは、選手が輝く夢の舞台だ。
(取材2017年10月)
工事概要
名称 | 新青森県総合運動公園陸上競技場新築工事 |
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場所 | 青森市 |
発注 | 青森県 |
設計・監理 | 伊東豊雄建築設計事務所 |
概要 | RC造・SRC造・S造、B1、4F、大型映像装置1基、照明塔4基、延2万8,812m²(第1種公認陸上競技場、IAAF(国際陸上競技連盟)CLASS 2、ラグビートップリーグ、サッカーJ3リーグ) |
工期 | 2015年12月~2018年12月 |
施工 | 大林組、丸喜齋藤組、西村組 |