この年
大正初期、大林組は大阪電気軌道(現・近畿日本鉄道)奈良線の生駒隧道(トンネル)を施工した。その後、奈良線の沿線開発が進み、昭和30年代後半には通勤・観光客の増加で輸送量は限界を超えていた。近畿日本鉄道は車輌の大型化を計画したが、既存の隧道では内空断面が狭いため、新たな隧道の建設に着手。大林組はそのうち延長1,753mを担当し、2年後の1964年7月に供用開始の日を迎えた。
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1962年の大林組
社会の出来事
- 2月
- 日本電気、国産初の大型コンピューターを発表
- 3月
- 北陸トンネル完成(13.87km)
- 10月
- キューバ危機
- 12月
- 東京でスモッグが続き問題化
- −
- 大都市の住宅難が深刻化(日本住宅公団の申込み競争率52.5倍)
- −
- 吉永小百合主演「キューポラのある街」公開
建設業界の動き
- 2月
- 宅地造成等規則法施行
- 5月
- 水資源開発公団、阪神高速道路公団設立
- 5月
- 新産業都市建設促進法公布
- 6月
- 道路交通法公布
- 10月
- 全国総合開発計画を閣議決定
- −
- 新幹線と東京五輪の工事が重なりセメント不足が深刻化