スマート農業と日本農業のこれから
野口伸
日本農業の現状と課題
日本の農業は非常に厳しい状況に置かれている。例えば基幹的な農業従事者が減少していて5年前と比べると15%減っている。高齢化も進んでおり、現在の農家の平均年齢は67歳、65歳以上の農家が65%にも及ぶ。日本全体の中でも農業分野の高齢化は先んじている。
他方、離農が進むことで大規模経営体が急増しており、100haを超える農家が過去5年間で30%増加している。そのため耕作に手間のかかる農地の耕作放棄が増加し続け40万ha(2010年)に達した。この主要な発生要因は労働力不足にあり、耕作放棄地は地域の営農環境にとどまらず生活環境にも悪影響を及ぼしている。
今後も農業の労働力不足はさらに進行することが予想されており、その対策としてロボットを含めた超省力技術の開発が、日本農業を持続させる上で必須である。さらに農産物の輸入自由化が進む中で、国際競争力を確保するためには、農業構造改革と併せて革新的な技術開発により、一層の農産物の品質向上や生産コストの削減を図り、さらに農産物に健康機能性などの付加価値をつけて、国内外の需要を喚起して日本農業を成長産業することも目指すべき方向であろう。
農業のスマート化はICTやロボット技術などの先端技術により「農作業の姿」の変革を可能にする。農家の「経験」と「勘」に依存した現在の農業から「データに基づいた農業」への転換は、新規就農の促進にも有効であるため、農業のスマート化は、日本農業が抱える問題を解決する上で極めて重要となる。
内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」
ただし、日本農業は問題ばかりではない。日本の農業·食料関連産業生産額は既に100兆円に達しており、決して小さな市場ではない。また、昨今世界的に和食ブームであり、健康機能性を有する農産物や食品にも注目が集まっている。日本自体、高齢化が進む中で健康寿命の延伸は国民の共通した願いであり、機能性食品市場は拡大しつつある。
わが国の農林水産業は、地域経済や食料の安定供給、国土·自然環境の保全等において重要な役割を果たしており、今後は意欲ある担い手を確保して、農林水産業の成長産業化を図ることが政府の最優先課題の一つにもなっている。たとえば、日本政府は2023年までにコメの生産コストを2011年比4割削減、2019年の農林水産物·食品の輸出額を1兆円(2030年に5兆円)、6次産業の市場規模を2020年に10兆円等の目標を掲げている。
これらの目標の達成に資するため、内閣府は戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)のなかで「次世代農林水産業創造技術(以下、SIP農業)を国家プロジェクトとして2014年度から進めている。SIP農業では既存の施策の枠にとらわれず、関係各省の施策と連携し、国内農林水産業の生産性向上、高付加価値化等に資する研究開発を推進しており、これまでの研究開発の枠組みでは成し得なかった成果の創出を目指している。
このような背景からSIP農業では2つの重点目標を設定している。一つはロボット技術、ICT、ゲノムなどの先端技術を使って、水田農業と施設園芸において超省力・高生産のスマート農業モデルを実現すること、もう一つは機能性食品開発や未利用資源からの新素材生産といった高付加価値化戦略である。前者の重点目標のスマート農業モデルは、日本政府の科学技術政策の重点目標であるSociety 5.0の農業分野における実現を意味する。ここでSociety 5.0について少し説明したい。Society 5.0は狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く新たな社会を指すもので、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させた人間中心の豊かな社会を実現させるものである。
野口伸
1961年北海道生まれ。1990年北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。同大農学部助手、助教授を経て、2004年から現職。専門は、生物環境情報学、農業ロボット工学。2016年に日本農学賞、読売農学賞を受賞。2016年から内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」プログラムディレクター。2017年から日本生物環境工学会理事長を務める。
No.59「農」
日本の農業は、就業人口の低下、高齢化、後継者不足、不安定な収入など多くの問題を抱え、非常に厳しい状況に置かれています。その一方で、「スマート農業」「農業ビジネス」あるいは「稼ぐ農業」といった標語が現実味を帯び始めています。
現在3Kの代表格といわれる農業は、今後の取り組み方によっては最高の仕事場になるかもしれません。また、環境を破壊することもなく、人々の豊かな食生活を支える中核施設となる日が来るかもしれません。
本書では「農」にまつわる現状を解明すると共に、現在の発展のその先の姿を考えてみました。
(2019年発行)