森林の社会的評価と木材の未来

涌井史郎

森林・林業の担い手としての山村社会そして林家

現在我が国の森林面積は約2,500万haと国土の68.5%に達し、その森林蓄積量は有史以来最大であり、森林国ドイツのおおよそ2倍、約50億m3に達している。

そうした状況に置かれた林業を専業にしている林家は、優れた材を搬出することだけではなく、「GI」という国土の基盤を支える森林の機能や水源涵養、生物多様性などの多岐に亘る公益性の維持管理を担っている。しかし、そうした林家が担っている社会的効用に対する国民の理解は極めて薄い。というのも、林家や林業関係者自身が重要な役割を任じているという自覚に乏しく、国民の理解を深めるための情報発信量や内容が十分に行われていない状況だからだ。

国土のおよそ7割を占める森林面積のうち、6割が私有林であり、約83万戸の林家が保有しているが、その9割は保有面積が10ha未満の小規模林家である。しかし小規模林家は、森林は保有していても、材価の低迷と伐採人件費の費用対効果のアンバランスな状態から、ほとんど林材生産者としては機能していない。こうした小規模林家の私有林は森林面積の4割にしかならず、残り6割の面積をわずか1割しかいない大規模林家(保有面積10ha以上)が保有して林業を営んでいることと比較すれば、小規模林家が公益性の高い森林の維持管理を担っているという自覚が乏しくなってしまうことは当然と言えなくもない。

しかし現下の地球環境問題を解決するためには、健全な森林の存在が必要条件であることと、森林が防災・減災など多面的公益性を有し、「GI」の観点から山村社会の保続が必要不可欠であることについて国民各層に理解が深められない限り、森林の機能を維持し強化するための経済的支援策などは生れ得ない。

低炭素社会を実現し、気候変動による災害の激甚化への備えなどを考慮するならば、災害による経済的損失を念頭に置き、健全な森林の維持・向上を図るためのある種の義務を林家に付与し、その対価として一定の所得の補償を行い、さらに、小規模林家の私有林を集団化し、生産性の向上と共に、ある種の経済支援を付与するなどの政策が不可欠といえよう。一方、大規模林家に対しては、機械化や経営計画の立案など内発的な経営努力を支えるために、林内の作業道密度を上げ、製材や加工場へのアクセスの条件整備を公共インフラとして支援し、あわせて山元ばかりではなく、製材・加工、流通、建設産業などの林産業の上下流一体型の、柔軟な需給対応と経営合理性を確立すると共に、上下流が一体的にタイムリーな情報交換と技術交流を日常化する統合的政策が欠かせないと思われる。

保有山林面積規模別の林家数と山林面積
参考:2015年農林業センサス(農林水産省)

涌井史郎(東京都市大学 特別教授)

1945年神奈川県生まれ。東京農業大学出身。造園・ランドスケープアーキテクトとして「景観10年、風景100年、風土1000年」と唱え、人と自然の空間的共存をテーマに多くの作品や計画に携わる。代表的な仕事には「ハウステンボス」のランドスケーププランニングや「愛・地球博」における会場演出総合プロデューサーがある。現在は東京都市大学特別教授、岐阜県立森林文化アカデミー学長を務めるとともに、TBS「サンデーモーニング」でコメンテーターとしても活躍中。

この記事が掲載されている冊子

No.58「森林」

現在では、わが国伝統の材料である木材を、高度な集成木材(エンジニアリングウッド)のみならず、鋼鉄より軽くて強い植物繊維由来の素材であるセルロースナノファイバーなど、最先端材料に変貌させることができるようになってきました。国土の約7割が森林に覆われ、木材という豊富な資源を持つ日本で、私たちは森林とどのように向き合っていけばよいのでしょうか。
本号では「森林」の現状を解明するとともに、この豊かな資源の活用をあらためて考察しました。
(2017年発行)

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