森林の社会的評価と木材の未来

涌井史郎

世界認識の転換

今、我々が必要としている世界認識は、大哲学者デカルトの「方法序説」に説かれた認識「もはや我々は自然と人間の関係にとらわれる事は無く、自然か人間かである...」を打ち破るところにある。とりわけ「自然は無限の存在であり、人畜以外のエネルギーによる機械を介して、最大・最速化する方法の発見こそが科学技術の目標」という時代遅れの認識の修正にある。

確かに産業革命以来、そうした科学技術の目標像が顕在化させた文明社会は、我々をさまざまな苦役から解放し、便利で快適な暮らしを生む基盤となった。しかしその反面、科学技術信仰の文明社会は、本来あるべきエネルギーと物質が自立的に再生循環する仕組み、つまり生態系システムを狂わせ「環境容量の限界(ティッピング・ポイント)」に、我々を急速に近づけつつある。それ故に産業革命の発想「人類は永遠に右肩上がりの経済成長を目指す存在であり、その手立てとして科学技術が貢献する」という発想を捨てねばならない。

持続的未来を担保するために、産業革命の呪縛を乗り越えた「環境革命」を起こす時期に来ていると言えよう。その環境革命が必然であることを証明するように、1992年にリオデジャネイロで「環境と開発に関する国際連合会議(リオサミット)」が開催された。そこで採択された持続性への二大課題である「気候変動枠組条約」と「生物多様性条約」のいずれもが、森林と密接な関係があることを忘れるわけにはいかない。

もはや、より多くのモノを消費することが豊かさであるとする認識は時代遅れとさえいえよう。豊かさをただ追い求めることで、人類の永続的未来と今に生きる人々の幸福感は得られない。さながら蜃気楼を追いかけるさまに似ているが、追い求めるタイプの豊かさの限界はさほど遠くない。しかし現実を眺めれば、相対的豊かさの比較感の中で、人々は格差を感じ、不幸を感得しているばかりか、それがテロリズムの大きな動機にさえなっている。

もし叡智を巡らせば、江戸時代後期に多くの訪日外国人が絶賛したように、「経済を基準にすれば貧乏であるかも知れぬ階層の人々の中に、一人として心貧しき人が存在しない」との評のとおり、心の中の豊かさをいかに深めるのかが最大の課題であろう。

いわゆる「吾唯知足(われただたるをしる)」。無理無駄の少ないライフスタイルを確立することである。先進国ではすでにこうした新たな社会システムが胎動しつつある。それがいわゆる「シェアリングエコノミー」である。

政治もまた、産業国家論に立脚した国家像から、人々のより良い生活権を保証することにこそ国家の価値がある、という思想に進化しようとしている。良質な環境があってこそ個人の幸福の条件が担保されるばかりでなく、人類である以上、その基盤を等しく未来のために保全することこそが倫理の絶対的条件であろう。そのことが2015年に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)にも明確に表現されている。

「リオサミット」からさらに20有余年。「気候変動枠組条約」と「生物多様性条約」の双方のCOP(条約締約国会議)において、未来への危機感と国益を天秤に掛けつつ議論が重ねられてきた。途上国と先進国の対立に起因して現実的な成果を得られぬままに推移してきたが、今「気候変動枠組条約」では「パリ協定」、「生物多様性条約」では2050年を目標年とした「愛知目標」、そして2011年から2020年まで国際社会が協力して生態系保全に取り組む「国連生物多様性の10年決議」という成果が得られることとなった。地球の陸域面積の30%の森林を、林産物の生産空間として捉えるだけではなく、自然資本財の中核とすべきであるという考え方に総意を得られる状況が生まれつつある。

世界の森林状況
出典:世界森林資源評価2010(国際連合食糧農業機関(FAO))

涌井史郎(東京都市大学 特別教授)

1945年神奈川県生まれ。東京農業大学出身。造園・ランドスケープアーキテクトとして「景観10年、風景100年、風土1000年」と唱え、人と自然の空間的共存をテーマに多くの作品や計画に携わる。代表的な仕事には「ハウステンボス」のランドスケーププランニングや「愛・地球博」における会場演出総合プロデューサーがある。現在は東京都市大学特別教授、岐阜県立森林文化アカデミー学長を務めるとともに、TBS「サンデーモーニング」でコメンテーターとしても活躍中。

この記事が掲載されている冊子

No.58「森林」

現在では、わが国伝統の材料である木材を、高度な集成木材(エンジニアリングウッド)のみならず、鋼鉄より軽くて強い植物繊維由来の素材であるセルロースナノファイバーなど、最先端材料に変貌させることができるようになってきました。国土の約7割が森林に覆われ、木材という豊富な資源を持つ日本で、私たちは森林とどのように向き合っていけばよいのでしょうか。
本号では「森林」の現状を解明するとともに、この豊かな資源の活用をあらためて考察しました。
(2017年発行)

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