森林の魔法
C.W.ニコル
英国、中でも祖父の家があり、その周りに古いカシやブナの切り株がいくつも残っていたウェールズで生まれ育って以来、私は森に遊ぶことが大好きです。カシの大木に登って遊ぶようになったのは5歳の頃です。葉が青々と生い茂る夏には、木々の茂みに身を隠し、シカやウサギ、キツネ、アナグマやリスの様子をうかがっていました。銃を持った番人になりきってパトロールしていたこともあります。さすがに最近では木に登ることは減ってきましたが、森の中で静かに腰を下ろし、いろいろなものを観察しながら耳を澄ませている時間が今でも大好きです。たったそれだけでも、森は、わたしたちにたくさんのことを教えてくれます。
英国に暮らすわたしの友人のなかには、熱心に植林に取り組み、森林の回復に何10年も捧げている人もいます。それでも英国の森林率は13%以下にとどまっていて、わたし自身が長く暮らしていたカナダでさえ、38%を超える程度です。これが日本になると国全体で68.5%、長野に限定すれば79%もの土地が森林に覆われているのです。そして、森林が占める面積の広さだけではありません。特筆すべきなのは、この国の自然林の多様性です。日本の樹木の固有種は、関係者の誰もが1,000種類を超えると言います。1,500種に近いと見積もる研究者もいます。英国の場合、自生している樹木の種類はわずか84種類、そのうち固有種はたったの29種類にとどまります(特に英国は、世界各地から植物を収集した国としても知られているにもかかわらず)。
雪が積もる北国から、亜熱帯にあたる南の一部まで、日本にはバラエティに富むすばらしい森林が広がっているのです!
一方で、森林に詳しい方ならもう1つの事実にもお気付きでしょう。日本の地方を覆っている森林のうち、多様性のある森林はごく一部にすぎず、人工的に植林された1種類の針葉樹だけが植わっている森林がとても多いということです。これは第2次世界大戦のあと、スギの植林が大々的に奨励されたためです。密集して植えられた森林は薄暗く、1本1本がひょろりと伸びた日本のスギのプランテーションの多くは、間伐や枝打ちを施されることもなく、管理されているとは言い難い状態に置かれています。
来日
1962年、わたしは空手を学ぶために日本へ来ました。暇を見つけては山歩きに出かけ、離島の旅へと休日を費やしました。この国の森林の多様性に開眼したのはその頃のことです。東京の郊外、秋津というところに住んでいたおり、空手の型の練習がてら近所の雑木林へよく散歩に出かけていました。雑木林はカシやサクラ、カエデなど落葉樹の林でしたが、地面に落ちた枝や、朽ちた幹が掃き集められ、雑草も抜かれてきれいに維持されていました。秋になれば、農家が堆肥をつくるために家族総出で枯れ葉を集めに来ていました。何百年もの間、地元の人々は森で薪を集めて炭を焼き、野生の山菜やキノコを採りながら暮らしてきたのです。わたしは当時の日記に、「日本の里山や畑はなんて美しいのだろう。農家の人々を見ていると、まるで本物の庭師のようだ」と書いています。あの明るくて、広々した豊かな緑の森にはいつも子どもたちが遊びに来ていて、にぎやかに駆け回っていたことも忘れられません。
C.W.ニコル(作家)
1940年英国南ウェールズ生まれ。カナダ水産調査局北極生物研究所の技官、同環境局の環境問題緊急対策官、エチオピア シミエン山岳国立公園の公園長など世界各地で環境保護活動に従事。1980年長野県黒姫に移住。1984年から荒れ果てた里山を購入し森の再生活動を始め、2002年にアファンの森財団を設立。2005年、その活動が認められ英国エリザベス女王から名誉大英勲章を授与。著書に『マザーツリー 母なる樹の物語』『勇魚』『裸のダルシン』など。
No.58「森林」
現在では、わが国伝統の材料である木材を、高度な集成木材(エンジニアリングウッド)のみならず、鋼鉄より軽くて強い植物繊維由来の素材であるセルロースナノファイバーなど、最先端材料に変貌させることができるようになってきました。国土の約7割が森林に覆われ、木材という豊富な資源を持つ日本で、私たちは森林とどのように向き合っていけばよいのでしょうか。
本号では「森林」の現状を解明するとともに、この豊かな資源の活用をあらためて考察しました。
(2017年発行)